ローエングリンにみる「結婚」考

ローエングリンにみる「結婚」考

普段家族でのドライブは、子供達が聴きたい音楽が優先されるため、 僕が好きな音楽を聴くことは あまりしない。

しかしひとりで遠く四国まで 登山の旅に 行った際は、 思う存分ワーグナーを聴くことができた。

この旅行のドライブで、 ニーベルングの指環4部作を除く、 さまよえるオランダ人、 タンホイザー、 ローエングリン、 ニュルンベルクのマイスタージンガー、 トリスタンとイゾルデ、 パルジファルを全曲通しで聴いた。

ここで述べる、 ローエングリンにみる「結婚」考は、数多の離婚事件や婚約不履行等に触れることで歪んでしまった一弁護士の結婚観である。

ローエングリンの「婚礼の合唱」は、 結婚式における超定番曲である。

しかし、ローエングリンのヒロインであるエルザは、 ワーグナーの音楽劇のヒロインの中で、最も救いのない女性である。

ブラバントの姫君エルザの危機にあって、 白鳥に乗った騎士が現れ、 エルザを陥れようとしていた フリードリヒを打ち倒す。

それに先立ち白鳥の騎士は、 国王をはじめとする公衆の面前でエルザに誓いを立てさせる。

Wenn ich im Kampfe für dich siege,
willst du,daß ich dein Gatte sei?
( あなたのために勝負で勝ちを収めたら、私があなたの夫となることを望むか?)

Nie sollst du mich befragen,
noch Wissen’s Sorge tragen,
woher ich kam der Fahrt,
noch wie mein Nam’und Art.
( あなたは私に決して問うてはならない
 また知りたいとも考えてはならない
 私がどこから来たか
 私の名前と素性が何であるかを)

なお、 この「禁問」の音楽は とても美しく、 チャイコフスキーはローエングリンのこの部分の音楽を、 白鳥の湖の最も有名なメロディーの一部に利用している。

果たしてエルザは、禁問の誓いを初夜に破ってしまう。

白鳥の騎士は 国王をはじめとする公衆の面前で、 エルザを告発しなければならないと述べ、 そこで自らが 聖杯を守護する騎士「ローエングリン」 であると名乗り、 エルザの元から永遠に去っていく。

結婚式の超定番曲、 ローエングリンの「婚礼の合唱」は、 この初夜の部屋に向かう場面で流れる音楽である。

結婚式において、 この「婚礼の合唱」を使う意味は、 もしかすると新郎新婦に 次のような警告を与えたいがためなのかもしれない。

もし結婚生活を続けたいのであれば、
お互い問うてはならない。
また知りたいとも考えてはならない。

「私がどこから来たか
 私の名前と素性が何であるかを」

さて僕は、 ワーグナーのオペラの中で唯一共感できない女性がエルザである。

どうしても、最初から結婚に理想を抱き、結婚のその時から素晴らしい相手と一緒になりたいと言う願望と妄想を持っている女性のように見えてしまうのだ。

他のオペラのヒロインは、 未熟な男や愚かな男(ジークフリートやパルジファル、ヴァルターも未熟な男だったと言えるだろう)、 社会や神から見放された男(タンホイザー、ジークムント、オランダ人)を そのままに愛し、 破滅に至るまで添い遂げ、 愛を貫いている。
そして魂は救済される。

しかしエルザは 最初から完成された男を求めているのではないか?

ワーグナーのオペラにあって、 ただローエングリンのみが最初から社会的にも賞賛されるヒーローである。

未熟であっても愚かであっても、社会から迫害されていても、あるがままを愛し、 ともに破滅する 覚悟があれば、 「禁問」は必要としない。

しかし「私を救ってくれる騎士が現れる」と言った、ディズニーのヒロインになりたいなら,相手の人間性は知ろうとしない方が、結婚の幸せは長続きするだろう。
*東京ディズニーランドのシンデレラ城のモデルは,「ノインシュバンシュタイン(新白鳥城)」であるが,その築城はこのローエングリンが契機のひとつとなっていると言われている。

さて、僕たち夫婦は、あえてローエングリンの一節(婚礼の合唱ではない部分)を結婚式に使った。

婚約指輪はなし、結婚指輪は質素そのもの、結婚式も簡素、未熟で不完全な我々にはそれこそが相応しい。

高価な物が欲しければ、二人で手を取り合って二人で豊かになって手に入れればそれで良いではないか?

最初から華やかである必要がどこにある?
やれ婚約指輪だ、給料の3か月分だ、ゼクシィだ、、、。
すべてバカバカしい。

結婚式は、親や親戚や上司や友人や周囲への感謝の場であって、見栄や虚勢の場ではなく、まして自己満足の場でもない。

そう考える我々に「禁問」は要らない。

我々の結婚式におけるローエングリンの利用は、逆説である。

(写真は中村龍一編著共同音楽出版社発行、「ワーグナーⅠ」 婚礼の合唱より一部引用)

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