権力への渇望と残酷さの勝利〜新国立劇場「トゥーランドット」
VINCERO!! 権力への渇望と残酷さの勝利
新国立劇場「トゥーランドット」
指揮は大野和士新国立劇場オペラ芸術監督
管弦楽はバルセロナ交響楽団
演出はアレックスオリエ
Nessun dorma!
Nessun dorma!
Tu pure, o Principessa,
nella tua fredda stanza
guardi le stelle
che tremano d'amore e di speranza…
誰も寝てはならぬ!
誰も寝てはならぬ!
御姫様、あなたでさえも、
冷たい寝室で、
愛と希望に打ち震える星々を見るのだ…
Dilegua, o notte!
Tramontate, stelle!
Tramontate, stelle!
All'alba vincerò!
Vincerò!
Vincerò!
おお、夜よ去れ!
星よ沈め!
星よ沈め!
夜明けと共に私は勝つ!
私は勝つ!
私は勝つ!
あらゆるオペラの中で最も有名ではないかと思うこの歌は、トゥーランドットという物語の中で聴くと 僕は驚くほど共感できない。
「美しいトゥーランドット姫に求婚する男は、彼女の出題する3つの謎を解かなければならない。解けない場合その男は斬首される」
亡国の王子カラフは一目見てその美しさの虜となり、自らが新たな求婚者となることを宣言する。
果たしてカラフは、謎をことごとく打破する。トゥーランドット姫は父皇帝に「私は結婚などしたくない」と哀願するが、父皇帝は「約束は約束」と娘の要求を拒絶する。
カラフはトゥーランドットに対して「それでは私もたった一つの謎を出そう。私の名は誰も知らないはず。明日の夜明けまでに私の名を知れば、私は潔く死のう」と提案する。
北京の街にはトゥーランドット姫の命令が下る。「今夜は誰も寝てはならぬ。求婚者の名を解き明かすことができなかったら住民は皆死刑とする」
カラフはここで、
「Nessun dorma!〜
All'alba vincerò!
Vincerò!
Vincerò!」
と歌い上げる。
しかし、カラフの亡国の父王ティムールと、カラフに思いを寄せながらティムールを献身的に支えてきた女奴隷リューが、求婚者の名を知る者として捕縛され連行されてくる。
名前を白状しろ、とリューは拷問を受けるが、リューはカラフへの愛を貫き口を閉ざし、自刃する。
トゥーランドットとカラフは皇帝の玉座の前に進み出る。
トゥーランドットは
「彼の名は……『愛』です」
と宣言する。群衆は愛の勝利を高らかに賛美、皇帝万歳を歌い上げる中幕が降りる。
亡国の王子カラフが、 自らを慕い亡国父王を献身的に支え、 最後は自らへの愛ゆえに死を選ぶリューに一顧だにしないのは、トゥーランドットへの愛ではなく権力への渇望である。
かつて手にしていた権力を失った亡国の王子カラフは、他の国の王子を処刑し、求婚者の名前が分からなければ民衆も死刑にすると言い、リューを拷問にかけることのできる「権力」に魅入られた。
そうすると、 自らへの愛を貫き自死を選んだリューを見ながら皇帝や姫とともに群衆の歓呼を受ける姿も合点が行く(最後の演出は伏せておく)。
VINCERO! !
私は勝つ!!
とは、かつて得ていた権力を超える、無限の権力を手にするだろう!!
と言う高揚の歌であると解釈できるのではないか?
今回のトゥーランドットは、大野和士&バルセロナ交響楽団の圧倒的に美しく迫りくる音楽と共に、トゥーランドットに真のリアリティと迫力をもたらしたアレックスオリエの演出に止まない拍手を送りたい。