雪崩事故を巡る「過失」の構造
那須雪崩事故を巡る「過失」雑感
以前記載した「山岳事故における法的責任」において、山岳事故における過失を巡る考え方を概観した。
今回は、以下の那須岳雪崩事故の裁判の報道に接し、お亡くなりになられた方々のご冥福をお祈りしたい。
そして、雪山を愛する一弁護士として、本件における「過失」のとらえ方について所感を述べたいと思う。なお、高校生と教諭という属性が、自己決定、危険の引受という観点から、結論にどのような影響を与え得るかという点については、前稿「山岳事故における法的責任」をご参照いただきたい。
https://www.shimotsuke.co.jp/articles/-/649359?newsletter
報道で気になったのは、起訴状の内容に関する報道である。報道によれば、起訴状記載の公訴事実(この裁判の対象)には、概ね次のことが記載されているようである。
「起訴状は、17年3月27日朝、那須町湯本のスキー場周辺で、重大な雪崩事故発生が容易に予想されたのに、安全確保のための情報収集と措置、訓練区域の設定を行わず漫然と深雪歩行訓練を実施して雪崩で8人を死亡させ、生徒5人にけがをさせた、としている。」
「副委員長の教諭と後続の班を引率していた教諭については、訓練中にそれぞれ雪崩発生が予想される斜面を認識したのに、生徒に危険箇所を回避するよう明確に指示するなどしなかった、ともしている。」
過失とはごくざっくりというと、結果予見可能性、結果回避可能性を前提とした結果回避義務違反である。
起訴状によれば、この点、多岐にわたっている。
その日の天候、積雪状況から重大な雪崩事故発生が容易に予想された、とか、雪崩発生が予想される斜面を認識したのに、
①安全確保のための情報収集をしなかった
②安全確保のための措置を取らなかった
③安全確保のための訓練区域の設定を行わなかった
④深雪歩行訓練を中止しなった(実施してしまった)
⑤生徒に危険個所を回避するよう明確に指示しなかった
多岐にわたる「しなかった」のうち、何を本件における「過失」と捉えるべきなのか?ひとつなのか?複数なのか?全部なのか?
刑事裁判が処罰を巡るものである以上、この点あいまいにすることは許されない。
本件は、事故発生後、同じく雪山での山行を共にする弁護士と様々な議論をした。プロの山岳ガイドの方にも意見をお聞きした。
この議論の中で共通したのは、以下の点である。
⑴ 当日の天候、積雪状況は雪崩の発生が容易に予見できる。
⑵ 登高ルートは、雪崩の堆積区(雪だまり)、走路(雪崩が流れるところ)、発生区(破断面)となる可能性が高い斜面が選定され、事故が発生している。
このことから、雪山を共にする友人の弁護士や私、雪山のプロの山岳ガイドさんは、雪崩の危険個所をルートに選定していることが最も重大な結果回避義務の違反であると考えた。
一方で、雪山をやらない友人の弁護士などは、訓練を中止しなかったことが最も重大な結果回避義務違反であるという意見であった。
この感覚の相違は非常に興味深い。
ひとりの人の過失が2個以上段階的に積み重なって結果が発生する段階的過失の場合、いずれが過失犯を構成する法律上の過失となるのか?
検察官は、本件のような段階的過失の事案においては、過失併存説に従って、結果との間に因果関係の認められる過失を広範囲に起訴状の公訴事実に列挙することが多いようである。
しかし、この場合、公判審理の段階でポイントが定めにくい上、被告人にとって防御の範囲が不必要に拡大し不利益が大きい。
そこで、実際の審理においては、単なる縁由または背景事情に過ぎないと過失行為はできる限り訴因や判決の「罪となるべき事実」から除外していくべきである。
本件において、雪山を愛する身としては、【深雪歩行訓練を中止しなった(実施してしまった)】過失を問責すること、すなわち、訓練そのものをすべきではなかったという注意義務を問うことには違和感がある。
雪山の山行を中止すれば、確かに事故は発生しないが、危険=中止の選択では、一向に雪山における経験値は蓄積されず、判断力が磨かれることはないからである(大人の登山であればこのように言い切ることに躊躇はないが、本件の被害者が高校生であることに思いを致すとき、このように言い切るのはやはり躊躇がある。これが本件の特徴かもしれない)。
やはり私が、もっとも、問題だと考えるのは、やはりルート選定である。
雪崩事故の危険の高い雪崩の【発生区】、【走路】、【堆積区】はできる限り回避し、そこを通過せざる得ない場合でも、その滞在時間は最小化すべく行動するのは雪山における行動の基本原則であり、基本的な注意点と言って差し支えないと思う。
したがって、時間のかかる登りの場合、発生区、走路、堆積区の通過は基本的に避けつつ、ここを通過する場合でも、できる限り早くすることは、ひとりずつ通過することなどの行動が取られる。また、スキーで滑降する場合、滞在時間はごく短時間となるがリグループ地点は、発生区、走路、堆積区はできる限り避けられるものである。
しかしながら、今回の登高ルートは、時間のかかる登りで堆積区、走路をルートとし、発生区となり得る地点で事故にあっているように見受けられる。
何が一番問題か?
上で述べた通り、雪山をやらない弁護士と、雪山をやる弁護士で意見は分かれた。
裁判の進行を注意深く見守りたいと思う。