絶望か愛の救済か(新国立劇場『 フィデリオ』)
絶望か愛の救済か(新国立劇場『 フィデリオ』) 新国立劇場『フィデリオ』は、 飯守泰次郎音楽監督が新国立劇場の音楽監督として最後に指揮を振る演目であった。 演出はバイロイト祝祭劇場総監督、 リヒャルトワーグナーのひ孫にあたる、 カタリーナワーグナー。 ベートーベン唯一のオペラ『フィデリオ』 のストーリーを一言で言えば『水戸黄門』 である。 無実の夫を妻が救い出す。 悪代官がいて、 最後に大臣が現れて、 無実の夫と無実の受刑者(群衆)を救い出す。 しかしながら、 カタリーナワーグナーの『 フィデリオ』に水戸黄門的な救いは一切ない。 悪代官は最後まで栄える。 群衆はぬか喜びをさせられて葬り去られる。 フロレスタンもフィデリオ(レオノーラ) の地下牢に閉じ込められて死ぬ。 救いはないけれども、フロレスタンとフィデリオ(レオノーラ)は、愛の中で共に死ぬことができる。 一方で、解放されるべき群衆には、一切救済がない。 社会による救済はありえない。 愛する人と苦しみの中に ともに死にゆくことに無常の喜びを見出す。 それ以外の救済はない。 カタリーナワーグナーは そんなことを言いたいのだろうか。 ベートーベン本来の、 ある意味水戸黄門的な 結末を期待していたであろう、 隣の席のおばあさんはプンプン怒っていた。 エンディングパーティーで、 フィデリオ(レオノーラ)を演じたリカルダメルベートさんが、liebestot という言葉を使った。 美しさの中に どこまでも リアリスティックなフィデリオであった。