「誤差」と弁護士

「誤差」と弁護士

誤差(ごさ、error)は、測定や計算などで得られた値 M と、指定値あるいは理論的に正しい値あるいは真値 T の差 ε であり、ε = M - Tで表現される(ウィキペディアより)。

さて,この「誤差」の概念は,常に弁護士業務とは切っても切り離せない関係にある。
正確には、「誤差」ではなく、「不確かさ」と言うべきかもしれないが。

たとえば,自動車運転過失致死傷罪や,危険運転致死傷罪,または交通事故損害賠償などで,交差点への進入速度を算定し,その交差点への進入速度から「過失」や「その進行を制御することが困難な高速度で自動車を走行させる行為」該当性が争われることがある。

この場合,速度については,当事者言い分が真っ向から食い違うことがある。
そうすると,交差点進入速度は,車両損傷状況や,路面状況から推定していく他ないことになる。

この場合,現場に残された痕跡は,「事故後の状況」であるため,現場に残された痕跡から,まず,衝突直後の速度を推定し,衝突直後の速度から衝突直前の速度を推定していくことになる。

具体的には,車両変形状況やガードレール等の変形状況から,衝突時に生じたエネルギー量を推定し(加害車両のエネルギー量を「E1」,被害車両のエネルギー量を「E2」ととする),車両重量(加害車両重量を「M1」,被害車両重量を「M2」とする),衝突から停止までの距離(加害車両を「L1」,被害車両を「L2」とする),タイヤと路面の摩擦係数(加害車両の摩擦係数を「μ1」,被害車両の摩擦係数を「μ2」とする),重力加速度(「g」とする)から,エネルギー保存の用いて,衝突直後の速度を推定していくこととなる(加害車両の衝突直後の速度を「u1」,被害車両の衝突直後の速度を「u2」とする)。

このことから,以下の式が導かれる。
(この関係を理解するために,高校の先生や研究者の下に通ったことを付記しておく)


そして,衝突直後の速度と,衝突直前の進入角(加害車両直前進入角を「θ1」,被害車両直前進入角を「θ2」とする),衝突直後の進行角(加害車両直後進行角を「φ1」,被害車両直後進行角を「φ2」とする)から,運動量保存の法則を用いて,衝突直前(≒交差点進入)の速度(加害者車両を「V1」,被害車両を「V2」とする)を推定していくことになる。

このことから,以下の式が導かれる。


さて,上記計算式自体は,エネルギー保存,運動量保存という,一定の条件の下では普遍性を有する法則に基づいていると言える。

しかし,訴訟における事実認定という点から見た場合,誤差・不確かさは大きなものとなる。

路面が湿っていたり,路面がつるつるであった場合,摩擦係数は低くなるため,より遅い速度でも制動が効かず,車両の損傷は大きくなる。

また,ガードレール等や車両の損傷状況から,エネルギーを推定すると言っても,ガードレールのコンクリート基盤は,真に強度が十分だったかと言う問題,車両の損傷を通常以上に促進させる脆弱性が本当になかったか否かが問題となる。

その意味で,科学的証拠と言っても,誤差・不確かさと無縁でいられないのである。

さて,訴訟の争点が,「交差点進入時の加害車両の速度が時速80km以上であったか否か」というものであった場合,上記「誤差・不確かさ」は,訴訟の結論にどのような影響を与えるだろうか?
(*自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律第2条2号「その進行を制御することが困難な高速度」の概念は,相対的であり,時速○○km以上という形で割り切れないため,上記具体例は,あくまで仮定である。)

摩擦係数や,損傷エネルギー量に幅があり,上記式から導かれる結論が,

「時速78km以上時速100km以下」となった場合,この証拠では,「交差点進入時の加害車両の速度が時速80km以上であった」という事実は,認定し得ないこととなる。

一方で,摩擦係数や,損傷エネルギー量の幅が小さく一定であることが証拠上認められた結果,上記式から導かれる結論が
「時速90km以上時速100km以下」となった場合,この証拠から,「交差点進入時の加害車両の速度が時速80km以上であった」という事実を認定し得ることになろう。

このように,誤差・不確かさが,「有意味」か「無意味」は,常に,証明対象との間で揺れ動くのである。

さて,弁護士が,このような「誤差・不確かさ」に向き合う場合,何より重要なのは,「科学的法則の確からしさ」に惑わされることなく,原典に当たること,生データを追究すること,独自調査の労を惜しまないことに尽きると思う。

自らが法律のプロであっても科学の素人であることを自覚し、謙虚であるべし。

そして,それこそが,職業的誠実さの根幹を為す。

(その意味で,広告などを広く打って事件を広く集めているような弁護士、HPで集客している弁護士に,職業的誠実さを期待できるのか,疑問なしとしない。)

エネルギー保存,運動量保存,その他にもDNAなどと聞くと,一見信頼できそうな印象をもってしまう。

しかし,上に述べた通り,結論は,前提となる事実によって大きく変わる。

乾いたアスファルトであっても,タイヤの摩耗や直前に水たまりを踏んだなどの事情があれば,摩擦係数が変わり,推定速度の幅も変わる。

DNA鑑定にしたって,結局,エレクトロフェログラムといわれるものを,人の目で読んで,アレル由来のピークか,そうでないかが判断されるのである。

(DNA鑑定については,拙稿「弁護士は科学的証拠にいかに向き合うべきか」を参照されたい。)
https://kampfumsrecht.blogspot.com/2018/03/blog-post_20.html?m=1

弁護士業務と言うのは,「誤差・不確かさ」への向き合い方ひとつとっても,手間暇がかかり,効率化が困難なものなのである。

最近、相談や事件を受けてくれない、、、と苦情を言われることも多いのだが、、、どうかご容赦頂きたい。




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